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ポメリーの偉大なる功績と芸術性【ワイン航海日誌】

ポメリーの偉大なる功績と芸術性【ワイン航海日誌】

2025年12月17日

ポメリー社は、今から189年も昔に設立された世界的なシャンパーニュメーカーです。ナルシス・グレノ氏が設立し、1856年にルイ・アレクサンドル・ポメリー氏が参加。2年後に不幸にもルイが亡くなるとマダム・ポメリーが引き継ぎ、1874年にシャンパーニュ史上最初のBrut(辛口)を発表しました。

(このロゴも有名ですね)

数あるワインの中でも、シャンパーニュ(シャンパン)はまさに最高の飲み物のひとつであると、私は信じています。シャンパーニュ!なんと響きの良い言葉でしょうか。

あのマダム・シャネルも語りました。

Je ne bois que du champagne deux fois. Quand vous êtes amoureux et quand vous ne l’êtes pas.(ココ・シャネル)

直訳しますと、『私は2つの時にしかシャンパーニュを愛でない。恋をしている時と、していない時』となります。素晴らしいですね。

半世紀以上も昔の話ですが、私は友人と1週間ほどシャンパーニュ地方を旅したことがあります。その時、フランス人の友人に、こんなことを教わりました。「パリを知るには、シャンパーニュをたっぷりガブガブ飲むことだ」と。ガブガブというのは私の聞き間違いかも知れませんが、「ご婦人とともに時が過ぎるのを忘れて愛でなさい」と仰っていたように記憶しています。

「Pompon, Pompon」
そんな言葉を繰り返し口ずさみ、パリジェンヌと過ごすうちに夜の帷(とばり)が下りるのです。
シャンパーニュを飲まずして、パリを語ることはできません。

その夜も、私は良い気分でランスの街を彷徨い歩いていました。
すると、後ろから追いかけてきた女性に声を掛けられます。『ムッシュ!お財布を落としましたよ!』

欧州では何度も盗難に遭いましたが、こんな経験は初めてでした。感激してお礼を言い、名刺を頂戴すると、そこには何とポメリーのロゴが。感謝と感動、それがシャンパーニュの想い出。それからというもの、私は完全にシャンパーニュの虜になってしまいました。

そしてまた「Pompon, Pompon」と恋唄(?)を口ずさみながら、街角で見つけたAgrafe(シャンパーニュボトルに使うコルク栓の留金)という素敵な名前のワインバーへ立ち寄ったり。もちろん、注文はポメリーのBrutです。Pompon, Pompon, Pommery!!(私の造語です)

(偉大なるマダム・ポメリー)

ちなみに、ポンポンとは玉房状の飾り物のこと。フランス海軍の兵士の帽子をご覧になったことはおありですか? そう、あの丸い房のことです。

結婚式やお祝いの席でシャンパーニュのボトルを開ける時は、栓を開けるのではなくサーベルでコルクごと斬り飛ばす方法があります。
いわゆるシャンパーニュサーベラージュですが、私はやはり半世紀以上前、この儀式の起源であるフランス海軍の水兵さんから教えていただきました。昔からシャンパーニュとフランス海軍とは深い繋がりがあるのです。


さて、ポメリー社と言えば、日本のソムリエ文化の発展にも大いに貢献してくださっています。『ポメリー・ソムリエコンクール』は30年を越える歴史を持ち、これまで多くの優秀なソムリエを輩出してきました。そして今年も10月23日、東京ステーションホテルで公開決勝戦が開催されました。

今回も多数の応募があり、12名が予選を突破。そのうち5名が決勝へと進み、ワインの知識に加えてテイスティング能力やサービス技能、提案力・対応力、マネジメント力などを総合的に競い合いました。厳重な審査の結果、マンダリン オリエンタル東京の鈴木大輝さんが見事に優勝されました。



私『鈴木さん、優勝おめでとう! このポメリーコンクールについて、ひとこと感想を』
鈴木さん『とても楽しかったです!』

誰もが緊張で震えるような場を「楽しんだ」とは、トップに立つ人材はさすがですね。実際、鈴木さんはとても素敵な笑顔を振りまいていました。彼の自然な所作や晴れやかな表情は、スイスのローザンヌにあるホスピタリティ・マネジメントスクール Ecole Hôtelière de Lausanne(EHL)が唱える『L’Accueil(魂が湧き出すおもてなし)』を感じさせてくれました。その『chaleureux(極めて自然なおもてなし魂)』で、『Plus Parfait Que Parfait(完璧のさらに完璧を求める)』に向けて精進を続けて欲しいモノです。

そして、舞台の幕が下りたあと――コンクールの余韻は、関係者や愛好家が集うガラディナーへと、美しく受け渡されました。

私はふと、昔の言葉を思い出していました。かつてパリの名店トゥール・ダルジャン(Tour d’Argent)でお世話になっていた頃、今は亡きオーナー、クロード・テライユ氏から、こう叩き込まれたのです――「レストランは劇場である。君は一介のサービスマンではない、超一流の役者なのだ」と。だからこそ、シャンパーニュの注ぎ方ひとつから、フロアを歩く姿に至るまで、超一流の役者として演じなさい、と。私は「ムッシュ・パトロン、了解しました。完璧のさらに完璧を求めて役を演じます」と答えたものでした。フランスへ渡る前、オーストリアのウィーンで学んでいた頃に国立オペラ劇場や市民劇場へ屡々通った経験が、思いがけず役に立ったのです。

今回は、その“劇場”を客席から味わうかのように、ありがたく席に加えていただきました。シャンパンカラーのテーブルクロスに上質なナプキン、そして要所に効いたポメリー社の鮮やかなカラーが、祝祭の気品を静かに立ち上げていました。

アペリティフからデザートまで、コース料理に合わせてタイプの異なる5種のシャンパーニュが供され、サービス温度さえも、その一杯の表情に合わせて微妙に整えられていました。
泡が舌の上で踊るたび、言葉がほどけ、笑みがほどけ、気づけば――シャンパーニュを堪能すれば自然と詩が浮かんでくる、とはまさにこのこと。

ポメリー社も、シャンパーニュそのものを芸術作品として捉えています。ランスの社屋の敷地内にある単一畑から造られる特別なキュヴェ Les Clos Pompadour も、まさに芸術のごとき完成度です。

時の過ぎるのを忘れさせてくれるシャンパーニュ。ワイン文化を探求する人間のひとりとして、酔いを知らない高貴なるシャンパーニュに、そしてポメリー社に改めて心から感謝を申し上げます。


著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。

★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
【24】一杯のワインが人生を変えた…愛知県幡豆郡一色村、とある男の物語
【25】力士たちの仕草に「心」が揺れて
【26】大嘗祭を控える秋。美しいお月様に見守られ、京都を訪ねる
【27】大嘗祭を終えた今こそ、悠久の歴史の渦へ
【28】冬の阿寒、美しく凍える森の中を歩いた6時間
【29】マキシムを栄光へと導いた「私たちのアルベール
【30】車内アナウンスに身体が反応!?長野県茅野市への旅
【31】千年の京都にはどんな”風の色”が吹くのでしょうか
【32】外出自粛の春に想う、奥の細道、水の旅
【33】緊急事態宣言解除で思い出す旅の楽しさ、素晴らしさ
【34】フランソワ一世の生誕地「コニャック」を訪ねて
【35】軍神とその妻、人生の最後に寄り添ったワイン
【36】ドイツ・ミュンヘンの名物イベントに想いをはせて
【37】伊豆、とある館にひそむ物語
【38】旅は人生そのもの、柔道とワインの達人との一期一会
【39】初めての出会いから60年余。いまこそ、贈りたい言葉
【40】「運命」を感じに、部屋の中から壮大な旅を
【41】雪の向こうに見えるもの。川上善兵衛に、改めて敬意を。
【42】散切り頭を叩いてみれば…明治は遠くなりにけり
【43】風の道、森の恵み…ワイン造りに大切なもの。
【44】風は淡い緑色…茶の安らぎを求めて静岡県島田市へ
【45】なくても生きてはいけるが、なくては人生じゃない。
【46】北海道・仁木町の雪は、葡萄とヴィニュロンの心強い味方。
【47】偉人たちが贈った賛辞とともに、ワインを愛でるひととき。
【48】木は日本の心、櫛は心を梳かす…秋が深まる中山道の旅。
【49】千年後に想いを馳せて、イクアンロー!北海道・阿寒のワイン会。
【50】葡萄が「えび」と呼ばれた時代を偲んで…「本草学」のススメ。
【51】カスタムナイフの巨匠は、なぜ「栓抜き」を手がけたのか。
【52】夢の中に御出現! 摩訶不思議な鳥居をめぐる京の旅
【53】明言、金言、至言…先人の御言葉とともに味わう春のワイン
【54】日本の酒文化のルーツは?古の縄文時代を目指す想像の旅
【55】一杯のワインとテディベアが、世界平和に役立ちますように
【56】チリで、フランスで、北海道で。出逢いに導かれた84年。
【57】神話の里、日本一の庭園を擁する美術館への旅。
【58】ワインを愛でる前にそっと心の中で「五観の偈」を思い出してみる
【59】毎年恒例の「北の大地」への旅、今年も学ぶこと多し
【60】一人の女性画家の世界観を訪ねて、春近き箱根路の旅。
【61】大都会の静寂の中で思うこと。
【62】1960年代、旅の途中で出会った名言たち
【63】北海道・常呂で出会った縄文土器、注がれていたのは?
【64】ワイン好きならぜひ一度、北海道・仁木町のワイナリーへ
【65】もう二度と出逢えないパリのワイン蔵
【66】訊いて、訊かれて、60年余。「ワインって何?」
【67】もう少し彷徨いましょう。「ワインとは何か?」
【68】雪の山形、鷹山公の教えに酔う
【69】ワインの故郷の歴史と土壌、造り手の想いを知る歓び
【70】葡萄とワインにもきっと通じる?「言葉」の力、大切さ。
【71】いまこそ考えてみたいこと。「美味しい」とは?「御食」とは?
【72】ワインの世界の一期一會
【73】ワインとお塩の素敵な関係
【74】深まる秋の季節に誘われて、岩手・石鳥谷への旅
【75】ワイン好きにおすすめ、2人の「父」を訪ねる旅
【76】ボトルやグラスの中で揺れる「色」のお話
【77】お歳を重ねてもワインを楽しく愛でる方法
【78】ワイン。それは摩訶不思議な、されど楽しき飲み物。
【79】お年を召してもワインを気軽に愉しむ方法

 

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