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エルミタージュの魔術師との出逢い【ワイン航海日誌】

エルミタージュの魔術師との出逢い【ワイン航海日誌】

2018年1月25日

ワインを楽しむ方法のひとつに、ワインを文化、あるいは芸術として語り合うことがありますよね。私自身も、ワインは芸術だと感じることがありますので、各地の美術館を訪ねたりもします。

以前はボトルの中に眠る液体そのものが芸術と思っていましたが、通うたびにラベルがアートの薫りを発散していたり、ボトルの形状にも歴史と伝統が満ち溢れていることに気付きます。もちろん、ワインを造り出す方々も。その中には、世界の芸術史に名を刻む芸術家本人が「芸術家以上」と讃える醸造家も存在します。

ベルナール・カトランは、フランスが生んだ偉大なる画家です。1919年、パリで生まれたカトランは、1965年にピカソやミロらとともに「ムルロ工房の版工」カタログに採録されました。実は、1984年に東京の画廊で「俳諧十撰」展を開くなど、大の日本通だったとか。俳句の象徴性を通して、東洋的幻想への共感をあらわしていたのでしょうか。

彼の作品はどれも素晴らしいものが、個人的には、特に「黒いテーブルの上の黄色い花束」が好きです。カトラン68才の作品ですね。豊かな色彩とシンプルな構成、花や静物を平面的に抽象化して描く色彩リズムの構成などに惹かれるのです。そんなカトランも、ワインを愛でる楽しさに時間を惜しまなかったというエピソードを耳にしたことがあります。

フランスはリヨンの街からローヌ河を下ると、ワインで有名なエルミタージュ村があります。48年前、私はボルドーのサンテミリオン村でワインを学んでいました。

ある日、当時のボスが「神様みたいな造り手がいるから」と、エルミタージュ村を案内してくれました。その「神様」とは、ジェラール・シャーヴ氏。「エルミタージュの魔術師」とも呼ばれるワイン界のレジェンドですね。

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現在は、ご子息のジャン・ルイ・シャーヴ氏があとを継いでおられますが、ワインへのフィロソフィーとパッションは留まることを知りません。彼らが醸し出すワインは、品質の面ではすでに最高点に達しています。しかし、さらなる未来を目指して、プリュ・ク・パルフェ(完璧よりさらに上)のワインを造ろうと情熱を傾けているのです。

シャーヴ家は、エルミタージュに9つの畑を所有しています。それぞれの畑の土壌を活かして生産される葡萄から造られるワインは、まさにクリマごとに違うような複雑さに満ちています。これらの味わいを芸術の域へと高めるのが、アッサンブラージュと呼ばれるブレンド技術です。樽熟成の後に行われるこの「儀式」によって、それぞれに個性の異なるワインが「シャーヴ家のエルミタージュワイン」へと昇華するわけです。

揺るぎない哲学のもとでワイン造りに励む親子の鍵は、この言葉の中にあると思います。「市場や評論家の好みに合わせるのではなく、あくまでも自分自身の信ずるワインに忠実でなければなりません」。泣かせてくれますよね。

ボスに連れられてタン・エルミタージュの彼を訪ねると、「まずは葡萄畑へ」と案内されました。ジェラールは、各クリマ別に畑の中を歩きながら、言葉を発していました。独り言かと思いましたが、違いました。彼は、目の前の葡萄たちに優しく話しかけていたのです。そういえば、ボスもよく畑を歩いては独り言をつぶやいていました。

ジェラール&ジャン・ルイ・シャーヴにとっては、この畑こそが神からのプレゼントなのでしょう。ローヌ屈指のワインを醸し出すのはアッサンブラージュという魔術ですが、その背景には、まさに聖地たる畑で生まれる葡萄たちへの敬意があるのですね。

さて、画家ベルナール・カトランは、生前によくこの村を訪ねていたそうです。もちろん、シャーヴ家にも訪れ、ワインを愛でては「あなたこそフランスを代表する芸術家だ」と激賞したといいます。あのカトランの目で見ても、彼らのアッサンブラージュはやはり芸術そのものだったのですね。

一方、シャーヴ家は、カトランの評価に対して「作品」で応えています。万人が認める彼らの頂点たるエルミタージュワイン「キュヴェ・カトラン」は、1991年にリリースされました。ワイン好きでかつ絵画好きの方なら、これほど心に響くエピソードも珍しいのではないでしょうか。

シャーヴ家が生み出すエルミタージュの赤は、アッサンブラージュという名の芸術のテキストブックとみなされています。土とともに生きるジャン・ルイ・シャーヴ氏が、今後、さらに「プリュ・ク・パルフェ」なワインを生み出すことを願ってやみません。

「ll ya Plus de Philosophie dans une bouteile de vin que dans tour les livers(1本のワインにはどんな書物よりも多くの哲学が詰まっている)」
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著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。

★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅

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