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ワインと光【ワイン航海日誌】

ワインと光【ワイン航海日誌】

2018年2月22日

「国境の長いトンネル抜けると雪国であった。夜の底が白くなった」

川端康成の小説「雪国」の冒頭の文章は、あまりにも有名ですね。というわけで、なぜ今、川端文学とワインなのか。ワインを楽しむ幾つかの条件の中に、実は「光」という要素があるのです。

たとえば、晴れ渡った太陽光の下。緑の芝生の上に真っ白なテーブルクロスの敷かれた食卓を囲んで仲間と愛でるワインは、最高のシチュエーションでしょう。この時、「光」は、ワインをより美味しく感じさせてくれるはずです。

トンネル

光とは、基本的には、人間の目を刺激して明るさを感じさせてくれるものですね。映画「雪国」の最初のシーン、国境の暗い長いトンネルを抜けると、眩しいばかりの白銀の世界、太陽光と雪の白さが倍加して、これから始まる未知の地への旅立ちを感じさせてくれます。俳優・木村功さんが演じる「島村」の脳裏には、きっと光が満ちあふれていたことでしょう。

続く「夜の底が白くなった」という表現は、多分、月の光だったのではないかと思います。たまにプロのソムリエたちが香りの勉強をするために電気を消した暗室で学ぶことがありますが、真っ暗闇の部屋の中で食事やワインを楽しむ人はいません。

私は、映画が好きでよく鑑賞しますが、光をうまく取り入れることは作品づくりの基本でもあります。1963年の東映映画「五番町夕霧楼」は、水上勉先生の小説を映画化した作品です。舞台は、京都西陣の近くにある五番町の遊廓にある夕霧楼。京都府の日本海に面した丹後の寒村、樽泊与謝の村から物語は始まります。

佐久間良子演じる木樵の娘が遊女となるストーリーですが、最初に出てくる舟で樽泊の村を去るシーンでは、丘の上に咲く百日紅に燦々と降り注ぐ太陽光が真っ赤に燃えるように見えます。追いかけるように迫ってくる佐藤勝さんの音楽の中、「夕子」の瞳に光る涙…。田坂具隆監督の力が存分に発揮された、光の美だと思います。

ついでにもうひとつ、列車の中での会話も忘れられません。木幕美千代さん演じる夕霧楼の女将が「この線はトンネルが多すぎるから嫌いだ」と語ると、夕子は逆に「暗いトンネルは、暗闇から明るい所に出るから好き」と答えるシーンは、とても心に残ります。同様に、京都五番町に到着して3日ほど過ぎたある日、女将が夕子を西陣の旦那(千秋実さんが演じています)に紹介するために、池から反射する光を利用して美しく見せようと、何度も夕子の座る位置を変えるシーンでは、「赤ワインがあったら、さぞや美味しく飲めるだろう」と思わせてくれました。これらは、いずれも「光」が重要な役割を果たしています。

人間は、光の中で生かされています。暗い夜は、時を経て、必ず朝を迎えます。

乾杯

今宵のディナーでは、どんな光の下でワインを楽しみましょうか。映画の中でもいろいろな表情の光が利用されていましたが、ワインの味を引き出すなら、ロウソクの炎などはいかがでしょう。3本立てのキャンドルスタンドの光は、ワインの色を美しく、そしてより深く見せてくれます。これ以上ない最高の雰囲気とは、こういうことを言うのでしょう。

ワインは、本当に不思議な飲み物です。原料となるブドウたちは、畑では限りなく光を求めて育ちますが、醸し出されてボトルに詰められて過ごすワイン蔵の中では逆に光を嫌います。そして、食卓に用意されたワインとなると、今度はまた光を求める…まるで私たちの人生のようではないですか。

蔵の中で長いこと眠っていたワインが抜栓されて空気に触れた時、太陽こそが神であることが雄弁に証明されます。光は、神経伝達物質のひとつであるセロトニンが気分や感情をコントロールする中で、思考をよりイキイキと活性化させてくれます。セロトニンの分泌には、光が必要です。私たちがワインを愛でる時、室内の灯に加えて補助的な光があれば、なお心に響くのです。

キャンドル

キャンドルライトのゆらめきは「ゆらぎ」と呼ばれ、癒しの効果を発揮してくれます。また、光には空間を浄化して、生命力や活力を高めてくれるパワーがあるのだと思います。それを、ワインを味わう舞台装置として使うわけです。

私は世にいる間、世の光である。

私に従う者は決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。

(イエス・キリスト 9章5節)


 

著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。

★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い

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