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酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。【ワイン航海日誌】

酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。【ワイン航海日誌】

2017年11月23日

秋が深まる季節になると、無性に旅に出たくなる。ワインをはじめ、日本酒の新酒に想いを馳せて…。

酒の詠を表した歌人と言えば、若山牧水ですね。日本酒の知識には乏しい私ですが、牧水の魅力を補充したくなって、某日、記念館のある沼津を訪ねました。もちろん、同地自慢の山海の幸を求めがてらの旅です。

牧水の歌碑として最初に設立されたという千本松公園の歌碑には、「幾山河 越え去り行かば 寂しさの はてなむ国ぞ けふも旅ゆく 牧水」と刻まれています。若山牧水は、明治18年宮崎県日向市に生まれました。本名は若山繁、明治末期の文壇に彗星のように登場した歌人。珠玉のような多くの歌や、叙情溢れる紀行文は、昔の西行、芭蕉にも比すべき独特の魅力に溢れています。

生涯に作った9,000首近くの歌集15巻は、いずれも日本詩歌の真髄を表し、不滅の光を放っています。個人的に牧水に心酔するようになったのは、彼がワインや日本酒の愛好家だったことに加え、自然をこよなく愛した旅人でもあったからです。家族愛に富み、時には風に誘われるようにふっと草鞋を履き、興せば朗々と歌を口ずさむ。そんなわけで、その魅力に触れて以来、私はこうして暇を見つけては牧水の旅した地を訪ねているのです。

「白玉(しらたま)の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり 牧水」

私は、酒に対する薀蓄などよりも、牧水のこの詠を口ずさんで酒を飲む瞬間が好きです。牧水が晩年を過ごした沼津から程近い「畑毛温泉」は、さほど遠くないこともあり、私もお気に入りの温泉地です。古くは源頼朝も愛したというこの畑毛温泉でも、牧水は一首詠っています。もう一人、やはりこの地に魅せられたらしき歌人・与謝野晶子の作品とともにどうぞ。

「長湯して飽かぬこの湯のぬるき湯に ひたりて安きこころなりけり 牧水」

「湯口より 遠く引かれて 温泉は 女の熱を 失ひしかな 晶子」

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畑毛は、古くから温泉が開けていました。伝承では、源頼朝が軍馬の療養を行ったとも語られているそうです。国民保養温泉地の指定を受けたのは、昭和37年のこと。宿には、どこを訪ねても3つの違った温度の風呂があります。まず、源泉はかなり冷たく、32度くらい。そして、38度、42度くらいに分かれているのですが、源泉が低温のため1時間以上もの長湯も楽しめますので、秋の夜長におすすめです。

さて、沼津滞在中、ある晴れた日のこと。牧水記念館の女性係員の方から、「ぜひ香貫山を訪ねてみてください」とすすめられました。「香貫山に登ると、牧水の一端に触れられますよ」とのお言葉を信じて登ってみると、ここにも碑がありました。

「香貫山 いただきに来て 吾子とあそび 久しく居れば 富士晴れにけり  牧水」

酒を愛し、自然を愛し、家族を大切にした若山牧水。彼は、こう言います。

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「誰でもそうかも知れないが、私は酒を飲む為に、飲みたくて飲む時と習慣や行掛りでのむ時との二つの場合がある。この頃では前者の飲みたくて飲む領域が大分狭められて行くようなのを感じて内心少なからず悲しんでいる。この飲みたくて飲む場合にもまた自ら二つの別があるようだ。一つは自分の心が非常に熱して来て心の渇きに堪え兼ねて飲む時で、他は周囲の景物、例えば珍しい雪が降ったとか、或いは如何にも静かな夕暮れであるとかいった時に、自然に誘われてのみたくなる場合である。なお付け加えるならば、いま一つの場合がある。それは身体の具合で、固体を腹に入れる前に、それよりも軟らかな尊い液体を、先ず身体に注射しておくことを、適当と感ずるような場合である」

牧水と酒の世界を知るには、まだまだ時間を費やして、旅路を真似て歩まなければならないようです。最後に、牧水の酒のうた(公益社団法人沼津牧水会)発行の書より、彼らしい酒の歌をご紹介申し上げます。同好の士であれば、きっとご共感いただけるのではないでしょうか。

「桜狩り若き公達酒に酔ふて帯べる刀の腰重げなり」

「のたりのたりふるさとの海の春の日の波の如くに酒よ寄せ来よ」

「草ふかき富士の裾野をゆく汽車のその食堂の朝の葡萄酒」

「このごろの 寂しきひとに 強ひむとて 葡萄の酒を もとめ来にけり」

「海岸の松青き村はうらがなし君にすすめむ葡萄酒の無し」

「酸くあまき甲斐の村村の酒を飲み富士のふもとの山越えありく」

「かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ」


著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。

★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる

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