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ワイン好きならぜひ一度、北海道・仁木町のワイナリーへ【ワイン航海日誌】

ワイン好きならぜひ一度、北海道・仁木町のワイナリーへ【ワイン航海日誌】

2023年10月2日

北海道は仁木町、「仁木ヒルズワイナリー」の入り口にあるイランカラプテ門。アイヌ語で「こんにちは」として使う挨拶から名付けられた名称なのですが、イランカラプテとは本来「あなたの心にそっと触れさせていただきます」という意味を持ちます。海を越え、山を越え、さらには河川を越えてはるばる訪ねた旅人をもてなす、最大限の感謝を表す言葉なのですね。

北海道にある市町村の名前の約8割はアイヌ語に由来しています。我が国が持つ文化の多様性の一面と言えますが、豊か過ぎる現代の生活を省みる意味もあってか、アイヌ文化は数年前からひときわ大きな注目を浴び、多くの方々が学び始めています。

そのひとつが、イランカラプテで始まるホスピタリティ豊かな挨拶です。もちろん、仁木ヒルズワイナリーでも、到着するとスタッフが笑顔とともに「イランカラプテ」で迎えてくれます。また、お祝いのお席でも、ワインパーティでも、最初は決まってこの言葉からスタートするのです。ワイン2309_サブ1

参照「イランカラプテキャンペーン」ページ(http://www.irankarapte.com/content/outline.html

イランカラプテは、数年前から「北海道のおもてなし」のキーワードとなっています。キャンペーンも展開されていて、JR札幌駅のコンコースにも観光客をもてなす大きな木彫りの像が展示されています。北海道を旅される方は、ぜひ気軽な挨拶として「イランカラプテ」をお使いになってみてはいかがでしょうか。

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(木彫り職人・藤戸竹喜さんの作品、イランカラプテ像)

さて、冒頭の仁木ヒルズワイナリーが生まれたのは2015年のこと。もとは120年以上も続く果樹園で、東京に本社を構える総合広告代理店のDACホールディングスが購入し、ワイナリーをスタートしました。葡萄はどこの地でも造れますが、皆様ご存じの通り、醸造用の葡萄となると気候風土が大きく左右します。仁木ヒルズワイナリーの土壌は、正式に発表されてはいませんが、学者の先生によれば「神から賜わった大地」とのことで。

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(ゼオライト〜沸石〜)

と言うのも、仁木ヒルズワイナリーのすぐ近くには、写真のようなゼオライトを豊富に含む山があり、ワイナリーの土壌もその恩恵に与っているのです。なお、ワイナリーは許可を取れば見学することもできます。

ゼオライトは粘土鉱物の一種で、1756年にスウェーデンの鉱物学者クルーンステット氏がアイスランドでの火山岩の調査中に発見しました。ミクロ多孔性の結晶性アルミノケイ酸で、ギリシャ語のzeo(沸騰する)とlithos(石)を合わせてゼオライトと命名されました。日本語でも、そのまま「沸石」とも呼ばれています。北海道では仁木と余市の周辺に多く存在するとされていますが、もしかすると数億年前から続いてきた羊蹄山の度重なる爆発のおかげなのでしょうか。

ナノメートル単位という極めて微細な細孔を持つゼオライトは、さまざまな物質を吸着する性質を持っています。そのため、この石は土壌を改良したり根腐れ病を防止したりと多様な効用を発揮するのですが、ワイン好きとしては葡萄の樹の根が地中の奥深くまで力強く張るお手伝いをしてくれることが何よりありがたく感じます。この類い稀なる力のおかげで、仁木ヒルズワイナリーは香り豊かで酸と糖のバランスの良いワインを生み出すことができるのです。天候だけでなく土壌にも恵まれたこの地では、醸造用葡萄のほかトマトや林檎、サクランボなど良質な果物が大切に育てられています。

もうひとつ、町を流れる余市川が果たす役割も見逃せません。朝里岳(標高1,280m)の西側斜面、標高約770mの地点を源に仁木から余市湾へと流れるこの川は、「北限の鮎釣り」でも有名ですね。燦々と輝く太陽の光は、直接光として葡萄畑を照らすだけでなく、川に降り注いだ分も間接的に葡萄たちに恩恵をもたらします。こうした土地柄から、地元の方々は「仁木には太陽が2つある」と仰るのですが、実はドイツのワインの銘醸地ラインガウの人々も同じ言葉を誇りとしています。「ラインガウには太陽が2つある」と。

私見ですが、仁木とラインガウはあらゆる面でよく似ていると常々思ってきました。どちらも、銘醸地に相応しいワインの大地なのです。

ついでに、豆知識をもうひとつ。余市川の余市は「イ・オチ」が語源で、蛇をあらわすアイヌ語なのだそうです。

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(仁木ヒルズワイナリーの朝)

さて、先ほどご紹介したイランカラプテ像の作者である故藤戸竹喜先生は、カムイに導かれし孤高の熊彫り職人でした。ここ仁木町は、お母様の故郷でもあります。彼のご生前、私は何度もお目にかかっていますが、よく「藤戸先生」と呼んで叱られたものです。「俺は先生じゃないよ、一介の木彫り職人だから藤戸でいいよ」。そう仰る藤戸先生も、私のことは同じように「先生」で、それをやめようと互いに申し合わせたりもしましたので、ここでは「さん」づけで参りましょう。

私は、ここ仁木町で藤戸さんとの不思議なご縁に恵まれました。「これ、私たちが仁木町の旭台で醸したワインです」とワインを差し出したところ、一口飲んだだけであの厳しいお顔に大きな変化が。満面の笑顔で「美味い!」と仰ってくださったのです。「美味い!」「香りも素晴らしい!」と何度も、何度も。そんな藤戸先生とは、もうお話することもかないません。痛恨の極みです。合掌。

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(日本海の潮騒を子守唄に、静かに熟成を待つワイン)

東京と北海道はかなり離れていますが、東京〜千歳空港〜札幌経由で仁木町までの楽しい道のりを考えれば、実際の距離ほどには遠く感じないのでは。ワイン好きの方なら、旅行としての満足度も十分だと思います。人間、ある程度の冒険心が必要と思いますが、その意味でも満たされるのではないでしょうか。

北の大地、北海道を訪ねるたびに、自分が詩人になったかのような気分に包まれます。不思議な大地ですね。なお、ワイナリーを訪ねる際には、その前に日本で唯一のワイン神社として知られる仁木神社の参詣もお勧めします。

最後に、このお言葉を。誰のものだったかな? 確か、有名なフランスの作家だったと思います。

ワインの醍醐味はワインの産地にあり。

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著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。

★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
【24】一杯のワインが人生を変えた…愛知県幡豆郡一色村、とある男の物語
【25】力士たちの仕草に「心」が揺れて
【26】大嘗祭を控える秋。美しいお月様に見守られ、京都を訪ねる
【27】大嘗祭を終えた今こそ、悠久の歴史の渦へ
【28】冬の阿寒、美しく凍える森の中を歩いた6時間
【29】マキシムを栄光へと導いた「私たちのアルベール
【30】車内アナウンスに身体が反応!?長野県茅野市への旅
【31】千年の京都にはどんな”風の色”が吹くのでしょうか
【32】外出自粛の春に想う、奥の細道、水の旅
【33】緊急事態宣言解除で思い出す旅の楽しさ、素晴らしさ
【34】フランソワ一世の生誕地「コニャック」を訪ねて
【35】軍神とその妻、人生の最後に寄り添ったワイン
【36】ドイツ・ミュンヘンの名物イベントに想いをはせて
【37】伊豆、とある館にひそむ物語
【38】旅は人生そのもの、柔道とワインの達人との一期一会
【39】初めての出会いから60年余。いまこそ、贈りたい言葉
【40】「運命」を感じに、部屋の中から壮大な旅を
【41】雪の向こうに見えるもの。川上善兵衛に、改めて敬意を。
【42】散切り頭を叩いてみれば…明治は遠くなりにけり
【43】風の道、森の恵み…ワイン造りに大切なもの。
【44】風は淡い緑色…茶の安らぎを求めて静岡県島田市へ
【45】なくても生きてはいけるが、なくては人生じゃない。
【46】北海道・仁木町の雪は、葡萄とヴィニュロンの心強い味方。
【47】偉人たちが贈った賛辞とともに、ワインを愛でるひととき。
【48】木は日本の心、櫛は心を梳かす…秋が深まる中山道の旅。
【49】千年後に想いを馳せて、イクアンロー!北海道・阿寒のワイン会。
【50】葡萄が「えび」と呼ばれた時代を偲んで…「本草学」のススメ。
【51】カスタムナイフの巨匠は、なぜ「栓抜き」を手がけたのか。
【52】夢の中に御出現! 摩訶不思議な鳥居をめぐる京の旅
【53】明言、金言、至言…先人の御言葉とともに味わう春のワイン
【54】日本の酒文化のルーツは?古の縄文時代を目指す想像の旅
【55】一杯のワインとテディベアが、世界平和に役立ちますように
【56】チリで、フランスで、北海道で。出逢いに導かれた84年。
【57】神話の里、日本一の庭園を擁する美術館への旅。
【58】ワインを愛でる前にそっと心の中で「五観の偈」を思い出してみる
【59】毎年恒例の「北の大地」への旅、今年も学ぶこと多し
【60】一人の女性画家の世界観を訪ねて、春近き箱根路の旅。
【61】大都会の静寂の中で思うこと。
【62】1960年代、旅の途中で出会った名言たち
【63】北海道・常呂で出会った縄文土器、注がれていたのは?

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