Special Issueビズスタ特集

必要なのはモノづくりの魂。

必要なのはモノづくりの魂。

2018年11月27日 PR

日本語には外来語が欠かせないが、最近は逆に私たちの言葉が世界各国の言語に組み込まれるケースも増えてきた。「Kawaii」や「Anime」が代表的だが、中でも「Sushi」の浸透ぶりは目覚ましい。「Fuji」と並んで昔からお馴染みではあったのだが、まさか世界でマグロの争奪戦が起きるようなブームを呼ぼうとは。

生魚に対し、あれだけ眉根を寄せていた欧米の街で寿司が気軽に食べられるという、奇妙な時代。その一方で、現地からは、まるで副作用と言わんばかりに「これは本物のスシではない」と嘆く声が聴こえてきたりもする。インターネット上では、外国人たちの間で議論が湧き上がっているのを見るにつけ、寿司の国際化を実感する。

考えてみれば、寿司とは何とも不思議な料理だ。誰もがしたり顔で「ネタの鮮度こそ命」と解説するのに、実は「それだけではない」ことを、私たちは体感的に知っているのだ。海産物王国・仙台に住みながら、顔見知りと会うたびに「よい寿司店を知らないか」と訊ね合うのは、その鮮度を活かしてくれる職人を探している証拠ではないか。

そんなウルサ型の多い仙台市内で、実に6店舗を運営する店がある。『こうや』は、妥協とは無縁の職人気質で支持を伸ばしてきた市内を代表する寿司処だ。ネタはもちろん、市場から直送。だが、上記の「寿司店探し」でよくその名が挙がるのは、もちろん鮮度だけではない。

寿司のよしあしを言葉にするのも野暮だが、敢えて説明するならば、やはり「妥協なき姿勢」ということになるのだろうか。目利きや包丁、握りの技術もさることながら、店構えからインテリア、常連たちとのコミュニケーションまで、すべてが熟達した風格。粋なのだ。

このクラスになると「旨い寿司にありつける」のは当然のこと。その背景には客や仲間、地元の食文化や旬の食材への一期一会の念がある。自信や感謝を発散しているからこそ、どんなに店舗を拡大しても、その全店に周辺のセレブリティ層が共鳴して固定客と化すのだ。

写真は、系列全店の代表である村上耕次氏。経営以前に、自らに板場に立つ料理人であることを課す現役の寿司職人だ。この佇まいを見れば、きっと得も言われぬ安心感を覚えるだろう。寿司のよしあし同様に、理由は説明できなくても日本人として受け取れる「何か」を感じるはずだ。

愛され続ける理由が、ここにあるのだ。

食の王国・仙台に暮らしていると、つい自然の恵みに目が行ってしまうが、それは職人の腕と対でなければならない。その意味で、厳選のネタとともに旨い寿司に必要となるのは、まさしく「モノづくりへの誇り」なのだろう。

  • 旬のうまさを逃がさない
  • 職人の技が極上の味を引き出す
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