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フランソワ一世の生誕地「コニャック」を訪ねて【ワイン航海日誌】

フランソワ一世の生誕地「コニャック」を訪ねて【ワイン航海日誌】

2020年6月25日

フランスを旅していると、「フランスで最も美しい村」と書かれた立て看板に出会うことがあります。これは、田舎の小さな村に残る美しい景観や伝統的な文化を守るための活動のひとつです。1982年にコロン=ラ=ルージュ(コレーズ県)で設立された協会が推進しています。

人口が2000人未満であること、複数の保護遺産か遺跡があって保全活動が行われていること、そして協会への加盟についてコミューン議会での同意が得られていること。これらの厳しい基準が厳格に守られているため、景観を破壊するような建物や設備は制限されています。経済発展の自由度は妨げられるものの、その分、観光促進の面ではかなりのプラス効果が。認定後にも審査があり、場合によっては資格が剥奪されることもあるというので、加盟する村では環境保全への努力を続けているわけです。

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この看板を探して旅するのも楽しいのですが、鉄道や路線バスで簡単に訪れるのは困難な場所が多いので、レンタカーの手配が必須となります。でも、その手間を厭わなければ、ヨーロッパの原風景に癒されること請け合い。川や森、石造りの家屋、路地など、忙しない人生を忘れさせてくれる風景は、まさにタイムスリップの瞬間のようです。

さて、今回ご紹介したい私の旅は、1970年初頭に訪れたコニャックの町です。なぜこの街を選んだか、その理由はいくつかあります。まずは、フランス国王フランソワ一世の生誕の地であること。加えて、「フランスで最も美しい村」ならぬ、私なりに選んだ「フランスで最も美しい川」があること。

シャラント川は、オート=ヴィエンヌ県のシェロンナックに源を発し、逆U字型にアングレームへと流れます。そこから西へ向かい、ジャルナックやコニャックを流れて、ポール=デ=バルクで大西洋に注ぎ込みます。その距離、実に約381 kmにも達するとか。実はフランスでは長い河川の部類には入らないのですが、我が国で一番長い信濃川が千曲川と合わせても約367 km と言いますから、その規模がご理解いただけると思います。

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この川は、世界的に有名な銘酒コニャックの生産地であるコニャックとジャルナックの町のど真ん中を流れています。市街地の大部分は左岸に集中していて、右岸はサン・ジャック(聖ヤコブ)地区と呼ばれることでも有名ですね。なお、コニャックの町は、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路でもあります。日本の「江戸っ子」や「浪速っ子」と同じように、住民は「コニャッセ」と呼ばれています。

この町は、塩の交易とブランデーの生産地として古くから栄え、豊かな歴史を育んできました。最近では2012年、フランス文化・通信省から芸術と歴史の街の称号(villes et pays d’art et d’histoire)を授与され、改めて注目を浴びたものです。

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さて、皆様はコニャックはお好きですか? この酒は、ワインと同様に、非常に厳しい法律のもとで生産されています。ぶどうの品種や六つの地区、蒸留器や蒸留回数、ご存知「VSOP」「NAPOLEON」などの熟成表示まで、すべてが法律によって規制されているからこそ、私たちは安心してあの芳醇な香りや複雑な味わいを楽しめるわけです。「フランスで最も美しい村」と同じ理屈ですね。

コニャックは、一般的にアルコール度数が40度以上あります。これは忘れないでください、40度ですよ! 消化を助ける酒は 「ディジェスティフ」と呼ばれ、食後酒を意味するのですが、これだけ素晴らしいコニャック酒を食後だけにとどめるのはもったいない。と言うわけで、この旅でお邪魔した知人宅で、食事前としてサービスされた一杯に感銘を受けました。その名は「コニャック・ド・オランジ」。グラスにはmonsieurという文字が書かれていました。訪問に同伴したパートナー用の少し小ぶりなグラスには、madamの文字が。夏の暑い昼下がり、とてもエレガンスなアペリティフを満喫することができました。

ちなみに、日本のホテルやレストランでアペリティフと言えば、シャンパーニュに傾倒しがちですよね。でも、偉大なるヴィンテージワイン、たとえば1970年の「シャトー・マルゴー」を楽しむ前に刺激のあるシャンパーニュを食前酒として飲んだら、マルゴーの味は半減してしまうのではと思ったりもします。個人的には、シャンパーニュを飲むなら食後、それも場所を変えて楽しんでみたいですね。キャンドルライトに照らされた幻想的な空間の中で、大切な人と一緒に愛でたいなあ…と。

さて、話は変わり、コニャックのボトルのラベルに書かれている「VSOP」の意味について。この旅で入ったお店で、真面目で優秀そうなソムリエさんに尋ねてみました。すると、彼は正直に、1938年にフランス国立コニャック協会(BNIC)で決められた基準をもとに「コント(compte)4以上を使用したものです」と答えてくれました。

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コニャックは、若い原酒と古い原酒をアッサンブラージュ(芸術的なブレンド技法)します。コントとは、ブランデーの熟成年数を示す単位で、 収穫翌年の4月1日を「0」として毎年同日に数が増えていきます。これまでコント7以上の基準は定まっていませんでしたが、2018年4月1日以降に出荷されるコニャックの「XO」の最熟成年数が「コント10」以上に引き上げられたことは記憶に新しいですね。

話を戻しましょう。そのソムリエさん曰く、各メーカーでのアッサンブラージェの際には、規定の最低熟成年数よりもはるかに古い原酒を使っているとのこと。これから VSOP の略は英語で Very Superior Old Pale(非常に優秀な古い熟成の進んだ、の意)と教えてくれました。同席する我がパートナーは、彼の説明にうっとりと聞き入っています。

コニャック酒の心地よい酔いにかまけた元ソムリエの私は、こうお返ししました。「VSOPはね、ラテン語ではVirgen Santa Otra Pocoの略さ、意味なんてわからないよ」。この笑える文章は、コニャックに住む知人の老婆から聞いたものです。

町も文化も、もちろん味も素晴らしいコニャックですが、私はジャルナックの村も大好きです。このあたりを流れるシャラント川の景観を眺めていると、なぜだか故郷のように感じるんですよね。川の畔には世界屈指のコニャックメゾンのひとつとして名高い「クルボアジェ」があり、また近くにはフランス最大のボトル生産会社「サンゴバン」社も。工場の敷地は何と約36ヘクタールにも及ぶとのことですので、ワインとそのボトルに興味がおありの方なら、きっと記憶に残るワンシーンになるでしょう。

というわけで、次にボトルを開ける時は、底にご注目を。もしも「SG」のマークがあったら、コニャックやジャルナックの町に思いを馳せてみてください。


著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。

★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
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【27】大嘗祭を終えた今こそ、悠久の歴史の渦へ
【28】冬の阿寒、美しく凍える森の中を歩いた6時間
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