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力士たちの仕草に「心」が揺れて【ワイン航海日誌】

力士たちの仕草に「心」が揺れて【ワイン航海日誌】

2019年8月29日

「心」という文字を求めて、旅に出ました。

この8月の夏休みを利用しての、3泊4日の旅。なぜ「心」という漢字に惹かれたのか、たった一文字に心を動かされたのか。漢字は三千年以上も前の先人たちからのメッセージ、その「深さ」に触れたかったのかも知れません。

私は、大相撲が大好きです。昔はこんな川柳がありました。「一年を 20日で暮らす よい男」、春場所10日、秋場所10日の僅か20日…という意味。今のお相撲さん方は、生活は豊かになった代わりに、場所数がかなり増えて大変ですよね。

大相撲では、幕内の懸賞金のついた一番に勝った力士が懸賞金を受け取る際に、手刀を切りますよね。軍配に向かって左、右、中の順なのですが、この手形は「心」という文字を表現しているとの説があるそうです。

最初の左が香取神宮、次が鹿島神宮、続いて諏訪大社。そして最後は「感謝」、敗れた力士への敬意を込めます。相手力士がいたからこそ相撲がとれた。ありがとうございます。私は、その感謝に繋がる「心」を求め、東京から千葉県香取市へと向かいました。

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最初に訪ねたのは下総国一之宮の香取神宮、前述の「心」の最初を意味する神宮です。主祭神は経津主の大神で、旧社格は官幣大社。香取、鹿島、諏訪は太古の昔から戦いの神様として奉られてきたそうで、大日本帝国海軍にはこの戦いの神社の名をつけた戦艦が存在しました。

ちょっと古い話ですが、館山にある海上自衛隊航空部のヘリコプターに同乗させていただいた時のこと。パイロット席には、香取神宮の御札が飾られていました。神様のことはよく分かりませんが、国家鎮護の神として皇室からの御栄敬が最も篤く、特に「神宮」の御称号(明治以前には伊勢、香取、鹿島のみ)をもって奉祀されていました。ちなみに、香取大神をご祭神とする神社は、奈良の春日大社、宮城の鹽竈神社(しおがまじんじゃ)をはじめ全国各地に及び、広く尊崇を集めています。

香取神宮には、立派なご神木があります。樹種は杉で樹高33m以上、幹囲7.5m以上、推定樹齢は実に千年を超えているとのこと。神宮の損際する亀甲山には杉や沢山の巨木が多く、一人静かに散策していると、聖域の世界観に触れるような感覚に浸れます。まさに「心」の世界といったところでしょうか。

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さて、日本酒や葡萄酒の奥深さを知るためには、聖なる力の後押しが欲しいこともあります。私は偶然にも、この香取神宮の近くの地で1938年7月7日に生を受けました。これ以上の幸せはない…と、自分でも思います。

香取神宮の近くには、東関道の入口があります。ここから鹿島神宮まで車で30分ちょっと、利根川を渡り豊穣な水郷の水田地帯のドライブは旅の疲れを癒してくれます。潮来インターを降り、51号線を鹿島神宮へ。神宮橋を右に目をやると、赤い鳥居が飛び込んできます。これが一之鳥居、場所は北浦沿岸の大船津。昨年竣工したばかりで、水上鳥居としては国内最大級とのことですので、やはり合掌してから神宮に向かいたいもの。何しろ、ここが我が国の「すべての始まりの地」といっても過言ではないのですから。

茨城県鹿島市宮中にある鹿島神宮は、常陸の国一之宮。旧社格は官幣大社で日本建国、武道の神様である「武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)」を御祭神としています。歴史は古く、神武天皇元年の創建とか。日本の皇紀と同じ2679年の歴史を持つ古社中の古社です。

東京ドーム15個分の広さという御屋敷を散策するには、とても一日では無理。「心」という文字に触れるには、2日間は費やす必要がありそうです。なお、この鹿島神宮では、毎年2月3日の午後6時に、節分祭が執り行われます。一陽来復と除災招福を祈る日に豆まきをする役を司っています。相川七瀬さんや研ナオコさん、元巨人軍の城之内邦雄さん、そしてもちろん鹿島アントラーズの選手の皆さん…と、それはそれは盛大なもの。この歴史ある節分祭に参加させていただくことに、感謝を申しあげつつ。

ちなみに、香取、鹿島を参拝させていただく時には、必ず佐原か鹿島に宿を取ります。東京から鹿島まで片道100kmほどですが、距離は苦になりません。

「心」という文字に触れる旅は、まだまだ続きます。東京の自宅で一泊した私は、次の目的地、長野県諏訪市まで愛車オーリス号のハンドルを握ります。

イギリス生まれのオーリス号は、中型車ながら疲れを感じさせない、素晴らしい車です。今回はワインの里である山梨県をもパスし、一路、「心」の文字を探しに諏訪大社へ。諏訪湖周辺の4か所にある神社の総称です。

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まず諏訪大社本宮に赴くと、御柱が迎えてくださいます。長さ約17m、もみの木で出来ています。御宝殿とともに寅歳と申歳の7年目に建て替えられる御神木で、神域の四隅に建立されています。死人、怪我人が出ても中止にならないこの御柱大祭は、天下の奇祭として有名ですね。もしかしたら、この御柱の中に「心」と「祈り」、そして「魂」が宿っているのかもしれません。

御柱のすぐ近くには、あの雷電為右衛門の像があります。信濃国小県郡大石村出身の雷電関は、何と9割6分2厘という勝率ゆえに最強力士の名を欲しいままにした力士です。大石村は、現在の東御市ですね。

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御柱祭ひとつ取っても分かるように、香取、鹿島、諏訪は「勝負の神様」でした。諏訪大社本宮のほか、車で15分ばかりの場所にある上社前宮へと足を向けると、樹齢古き神木と御柱が迎えてくれました。山から湧き出ずる豊富な水、日照量も多き地で、御祭神が最初に居を構えられた諏訪信仰発祥の地。空気に触れても、湧き出ずる水に触れても、神の存在を感じずにはいられません。

諏訪大明神が最初に居を構えたこの地を、私は自分の足でしっかりと踏みしめます。その後、諏訪では秋宮と春宮も参拝させていただきました。今回の旅では、神様より「思いやりに満ちあふれ、相手の身になって考えることの出来る優しい人になりなさい」との伝言をいただいたように感じました。だからこそ、あなたにもお伝えいたします。

手刀が描く「心」の聖地には、素晴らしい大地があります。この秋、ぜひ、訪ねてみませんか?


著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。

★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
【24】一杯のワインが人生を変えた…愛知県幡豆郡一色村、とある男の物語

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