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散切り頭を叩いてみれば…明治は遠くなりにけり【ワイン航海日誌】

散切り頭を叩いてみれば…明治は遠くなりにけり【ワイン航海日誌】

2021年4月28日

ワインと呼ばれるお酒とのお付き合いを始めて、かれこれ60年余。とは言え、ワインの歴史からすれば、針の穴にも届かない時間に過ぎません。イタリアの友によれば、「60年、いや100年は歴史とは言わないよ。1000年過ぎて、初めて歴史と言うんだよ」とのこと。

ウィキペディアには、歴史とは「何かしらの事物が時間的に変遷したありさま、あるいはそれに関する文書や記録のこと、主に国家や文明など人間の社会を対象とする」と書かれていました。

歴史を学び知ることは大切ですが、ことワインに関しては、ひとまず学者さんや生産者の方々にお任せしましょう。私たちは、「如何に楽しく愛でるか」こそが重要だと思います。

とすると、ふと、こんなことを考えます。「日本人で本格的にワインを『楽しく』お飲みになった方は誰かしら?」。数年来の疑問、これも歴史の部類に入るでしょうか。

日本でワイン造りが始まったのは、今から約140年前のこと。エリック・ホブズボームは、フランス革命の1789年から第一次大戦勃発までを「長い19世紀」としていますが、日本の転換期と言えば、ここは1868年、即ち明治元年からと考えてみたいところです。

「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」という言葉が流行った通り、明治以前の日本人男性の髪型は髷姿でした。政府は明治4年(1871年)に散髪脱刀令を布告しましたが、一般庶民の間で髷離れに拍車がかかったのは、明治6年(1873年)3月20日、明治天皇のご断髪以降のことだったようです。

さて、日本でワイン造りが始まる前は、もちろん輸入頼みでした。では、フランスなどから本格的にワインが陸あげされた場所は? 古くは長崎や鹿児島となるのかも知れませんが、ワイン商などが近代ビジネスの拠点としたのは、やはり横浜だったのではないかな、と考えています。

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安政5年6月19日(1858年7月29日)に締結された日米修好条約に基づき、安政6年6月2日(1859年7月1日)に開港。その後の横浜は、西洋文化をいち早く取り入れるとともに、海外に向けて日本文化を発信する場へと変身していきました。ちなみに、横浜は日本の鉄道史の起点でもありますね。

明治5年5月7日(1872年6月12日)には、品川~横浜間(約24km)で仮営業を開始。その後、新橋~品川間の線路がつながり、同年・明治5年の9月12日(1872年10月14日)に正式に開業。なお、初代・横浜駅は今の桜木町駅で、現在の横浜駅は3代目にあたるとか。

当時の横浜には外国人が居留していましたが、その中にはワイン商を営む人々が居ました。明治6年(1873年)の春、その一角でフランス人が経営する「フレッレ商会」に、弱冠17歳の少年が一旗あげようと働き始めます。彼こそが、三河国藩豆郡松木島村(現・愛知県西尾市一色町)生まれの神谷伝兵衛その人です。

ある日、原因不明の激しい腰痛に襲われて衰弱した伝兵衛は、経営者のフランス人からワインを与えられます。これを飲んだ伝兵衛はたちまち気分が爽快になり、やがてすっかり治ってしまいました。

これはまさに、命の恩人。ワインの滋養効果を知った伝兵衛は、こう考えます。「極めて高価な葡萄酒は、一般的に日本人には飲用されていない。日本人の誰もが飲めるような葡萄酒の国内醸造が出来ないものか。それを将来の本業にするのもよいではないか」。ワインファンの方なら、この後の伝兵衛の物語はよくご存知ですよね。

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おっと、話が逸れました。本題に戻りましょう。日本人として、初めてワインの素晴しさを吟味した御方は、誰だったのか。私の勝手な推測ですが、もしかしたら、それは明治天皇だったのではないでしょうか。

嘉永5年9月22日(1852年11月3日)に第121代孝明天皇の第二皇子として生誕、父君の急逝を受けて16歳で即位。明治19年に17才で侍従職となった日野西資博子爵が綴られた書によれば、どんな酒でも「注いで差し上げれば、それこそ何杯でも召し上がる」ほどお強かったのだとか。

最もお好きなのはシャンパンだったようですが、「平素は主に葡萄酒ばかりでございました」との記述も。そのきっかけは、明治5年(1872年)にあの山岡鉄舟を侍従に迎えたことだったのでは…と想像したり。

文明開化の時代、私たち日本人が真のワインの素晴しさを知るわけですが、その先頭に立っておられたのが当時の天皇であったのかもしれません。そんなわけで、今は遠き明治の世へと想いを巡らせながら、5歳の時に初めて詠まれたという歌を味わいます。

月見れば 雁が飛んでゐる 水の中にも うつるなりけり

この一首に始まって、明治天皇は、御生涯に約10万首もの御製を詠まれたといわれています。


著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。

★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
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