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楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに。【ワイン航海日誌】

楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに。【ワイン航海日誌】

2018年12月20日

ワインの真髄は、ワインそのものを楽しむことにありますが、その楽しみ方については千差万別。ワインの勉強も大事ですが、学問的に学びすぎると「ワインスノッブ」に陥ってしまうこともしばしばです。

ワインが大好きな方は、大いにワインの素晴らしさを語りますよね。ひたすらGrand vinの蒐集に走る方も多いです。コレクターとして一切飲まない方も、趣味の世界ですから、それはそれでよし。小さいけれど、条件に恵まれた地下セラーでコンディションを整えながら保存しておられたりすると、ワイン愛好家として嬉しくなったりもします。

論語に「知之者、不如好之者。好之者、不如楽之者」略して「知好楽」という言葉があります。これを知る者は、これを好む者に如かず、これを好む者は、これを楽しむ者に如かず…という意味ですね。もしかしたら、ワインは「知好楽」の「楽」にあてはまるにかもしれません。

「何事をやるにしても、知っているだけの人より、好きである人が勝っており、さらに好きだけの人よりも楽しんでやる人が勝っている」

何事も、楽しんで取り組む人にはかなわないものです。ワインの真髄も楽しむこと。「楽」に赴けば、ワインの醍醐味をあらゆる角度から楽しめます。

 

思い出せば今から60年前、私は初めてワインの楽しさを味わいました。当時の私は、知識面ではまったくの「皆無」と言わざるを得ない状態。何しろ、葡萄から生産されていることさえ知らなかったのですから。そんな私が、一瞬にしてワインの素晴らしさの虜になったのです。

南米航路の船会社に入社して、最初の処女航海。場所は、先輩に連れられて風光明媚なチリのバルパライソの海沿いのレストランでした。大き目のワイングラスに満たされた真っ赤なその液体が葡萄酒だったことすら理解できていませんでした。

パルパライソ

お連れいただいた先輩に「これはジュースですか」と尋ねたら、先輩は「お前なぁ、これはビノと云って葡萄から造ったお酒だよ。赤い色をしているからビノ・ティントと呼ぶんだ」と教えてくれました。もしかしたら先輩もビノ・ティントがワインだったとは理解していなかったかも知れません。なぜなら、食事中ひとことも「ワイン」という言葉は聞かれませんでしたから。

それからというもの、私は行く先々でひたすら「ビノ・ティント」で押し通しました。ビノ・ティントが赤ワインのことだと知ったのは、数年後のことです。知識が皆無でも、美味しいものは美味しいと身体全体で慣れてしまったのですね。

ワインは、不思議な飲みものです。サルード・アモーレ・ディネイロ・エ・ティンポ・パラ・ゴスト-ゾなんて、いかにも明るいラテンの人々の乾杯用語が楽しいです。「健康に、愛に、お金に、そして三つを楽しむ時間に乾杯!」。こんな言葉は、産地を訪ねて初めて知るものかもしれませんね。

知識がなくても、ワインを面白く感じられる身体さえあれば、楽しむ能力は自然に生まれます。ビンテージに想いを馳せるのも悪くありませんが、必ずしも「それでなければならない」わけでもないでしょう。沢山のワインを楽しむことで、自分の好みを学んでいくのですから。

反面、産地は勿論、生まれ故郷を知ることは、そのワインに敬意を表するのに大事かと思います。ワインの原則は、葡萄畑の土の中に秘められています。ボルドーやブルゴーニュの里が遠すぎのであれば、まずは近場の山梨県は勝沼あたりを訪ねてみませんか? 東京からわずか一時間ちょっとですし、ただワイナリーを訪ねるだけでなく、神社仏閣を訪ねるもよいでしょう。地域のワイン民宿に泊まり、地元のお年寄りの方々から昔のワイン造りの苦労話を聴かせていただくのも、実に楽しい時間になりますよ。

私も、先日、勝沼への入口にある古寺を訪ねました。大善寺は、武田家由来のお寺。地元では「葡萄寺」と呼ばれていたりもします。と言うのも、世界に薬師如来の像は多かれど、左手に薬壺の代わりに葡萄を持った如来は2体しか存在しないそうで。
大善寺1

宗家は真言宗智山派、山号は柏尾山、本尊は勿論薬師如来。脇寺は日光、月光菩薩を含めた三尊像は五年に一度、わずか一週間の期間ですがご開帳されます。今年がその年でしたが残念ながらタイミングが合いませんでした。

「勝沼や 馬子もぶどうを 喰いながら :芭蕉」

境内には、松尾芭蕉も勝沼の里を訪ねた折に詠んだ歌の碑もあります。ワイン愛好家の皆さんには、ぜひ一度、大善寺を訪ね薬師如来様から健康パワーを授かってみることをおすすめしますよ。

さて、日本のワインの里と言うべき勝沼を訪ねる際に、毎回立ち寄らせていただくのが、甲州市立勝沼図書館です(甲州市勝沼町下岩崎1034。定休日:毎週月曜日)。地域の特色を活かし、「葡萄」「ワイン」に関する資料がとにかく豊富なんですよ。

一般貸し出しを行う図書館としては、ワインなどの関連蔵書量にかけては恐らく全国一の規模でしょう。スタッフの皆さんがとても親切で、毎年10月・11月は「ぶどうとワインの資料展」も開催されます。図書館に隣接している「ぶどうの国文化館」もおすすめです。

入場は無料で、勝沼のワインの歴史をリアルに体験できます。古い資料に沢山接することができますが、勝沼史における重要人物で、個人的には「もうひとりのワインの父」と信じている明治期の官僚・前田正名の写真や像をあまり見かけないのが残念でなりません。

近くには「塩の山」と呼ばれる標高548mの低山があります。塩とワイン、何か関係があるのでしょうか? このあたりは、次回のテーマにしてみたいと思います。


著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。

★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を

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