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前原光榮商店が作りだす「日本の洋傘」への誇り

前原光榮商店が作りだす「日本の洋傘」への誇り

2020年6月25日 PR

本物を知る男性は、「自分の傘」を説明できる

英国製スーツ、イタリア製の革靴、スイス製の時計。国際都市のビジネス街を歩く身として、日々専門サイトやMOOK本での情報収集を怠らない私たち。大人なら愛用品を説明できて当然だが、そのこだわりが隅々に行き届く「本物」かどうかは、この質問に即答できるか否かで割れる。
「では、あなたの『傘』は?」

雨の受け方、流し方、見せ方…「日本の洋傘」独特の美とは

近くのコンビニに出かける際に、ビニール傘は必需品。だが、大事な商談の場にまでビニ傘で現れるのは奇妙な話だ。予約制レストランにビーチサンダルで入るようなものではないか…という意識の高まりか、いま台東区のとある小さな企業が脚光を浴びている。

あの十六花弁の菊に見立てた「16間雨傘」を広めたことでも知られる前原光榮商店は、昭和23年の創業。同社によれば、日本職人が手がけた素材で自社製造する洋傘専門ブランドは全国にもほとんど現存しないそうなので、戦後の生まれながら業界屈指の老舗、戦前の洋装文化を知る生き字引の一角ということになる。

西洋から伝わった洋傘の国内製造は、明治時代に始まる。昭和初期は生地や骨、「手元」と呼ばれる把手の工房が栄えたが、高度成長期の素材革命から平成のオフショア開発へと至る中で、ほぼ壊滅状態に。当時の製造体制に基づく国内ブランドとしての新規参入も、もはやかなり困難だという。

過酷な時流を乗り越え、最近は各種メディアの注目も浴びる「日本の洋傘」の生存者だが、実は高尚な理念を掲げてきたわけではない。経営陣に話を聞くと、「職人気質で不器用すぎて時代に乗りそびれたんですよ」「創業時の方法論のまま今に辿り着いただけですね」と大笑い。その率直で小粋な会話に、思わず頬が緩む。

では、その創業当時の魂とは何か。当然、生地や部品に対する目利きとこだわり、そして自社の職人技への自信だ。歳月を重ねても「時代遅れ」に見せない匠の技術は、製品の細部に息づく。ここで細かく説明するよりも、雨降りの日に同社の傘を同僚や部下に手渡し、そのまま街角で開いてもらえば、ひと目でお分かりになるだろう。そこには、ごく自然に、ひとりの大人を表現する「絵」が描かれるのだ。

大量生産時代の前は、洋傘の製造は分業制で行われていた。生地も骨も手元も、傘ブランドが柄と色を指定して発注するのだが、同じ素材でも裁断や縫製といった加工次第で世界観が変わるのは、料理に近いかも知れない。高温多湿で梅雨があり、大粒の雨も多い日本では、水の受け方や流し方、錆の避け方などの思想が舶来品とは異なる。最近はスーツ業界でも日本人の体型に合うデザインが重宝されているが、開いた時の面積や角度、閉じた時のプリーツ、使う街の風景まで日本仕様だからこそ「絵になる」わけだ。

明治の男たちの愉悦にも似た快感なのかもしれない。

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「傘を語る愉しみ」を知るな新御徒町のショールームへ

面白いのは、同社の傘を手にしたビジネスパーソンから寄せられるという感想だ。彼らは、総じてもとは「自分の傘を説明できない」タイプだが、愛用を始めると「みんな気付いてないのだな」という優越感が芽ばえるというのだ。それは、新たな装いで街を闊歩した

製品と情報が氾濫する現代で、意外にも手付かずに近い洋傘の愉しみ。その世界は、「新御徒町」「蔵前」の両駅の中間付近にあるショールームで体験できるので、ぜひ訪問を。なお、購入時は、オンオフ共用などという野暮はNG。ビニ傘を含め、自宅に3本置くのが「憧れの男」の嗜みだ。

 


>>Biz Life Style Pick up

開いた姿だけではない。
「閉じた時」「巻く時」「立てた時」と、いちいち見惚れる男の洋傘。
今まで無頓着だった自分が不思議に思えてくるショールーム、ぜひ体験を。

ショールームのご案内はこちら

 株式会社前原光榮商店 ショールーム
東京都台東区三筋2-14-5
TEL.03-3863-4617
◎営業時間/10:00〜12:00、13:00〜17:00 日曜・月曜休
◎交通/下鉄「新御徒町」駅より徒歩4分
https://shop.maehara.co.jp/

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